LaVerdaKoro_025

テキスト

Ĉaptro 6: Intima vespero p37/17~p38/5


–Jen la letero! Aŭskultu!
<<Kara amiko, aŭ malamiko(?), mi legis vian nomon en la gazeto “ESPERANTO” kaj nun mi scias, ke vi estas militkaptito en Ruslando. Mi pensis pri vi kaj pri nia amika korespondo antaŭ la milito.
 Mi sendas al vi tion, kion malriĉa franca soldato povas sendi al soldato. Akceptu kaj restu sana! Via:Alfred Pitois, nun infanteria kaporalo en la …>> La daton, lokon, kaj la nomon de la regimento la franca cenzuro forigis per dika blua krajono.
 Jen la historio. Ĝi estas vera de la unua vorto ĝis la lasta…
 Tial mi deziras reteni tiun unu libron, la esperantlingavn Biblion.
 Longa silento restas post la rakonto en la ĉambro.
 Marja ne kuraĝas rompi ĝin.
 Nadai vivas nun en siaj rememoroj.
 Nur post minutoj la rigardoj serĉas unu la alian.
 En la okuloj de ili ambaŭ la sama sento parolas mute, sed tre varme: la homa kompreno.
 Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin.
 La samovaro muzikas.
 La instruisto kaj lernantino sentas sin pli proksimaj unu al la alia.
 Ne ili, sed la longa, longa silento parolas pri tio.

UK
これがその手紙です。聴いてください。
「親愛なる友よ、あるいは敵(?)よ、私はあなたの名前を雑誌「エスペラント」で読みました、そしてあなたがロシア国で捕虜になっていることをいまは知っています。私はあなたのことを、そして戦争の前の私たちの親しい文通について考えました。私は貧しいフランスの兵士が兵士に送ることができるもの*をあなたに送ります。受け取ってください、そして元気でいてください:あなたのアルフレッド・ピトイスより、現・・・歩兵隊伍長。」日付、場所および連隊の名前はフランスの検閲が太い青の鉛筆で消していた。
さてこれがその物語です。これは最初の言葉から最後まで本当のことです。だから私はその一冊の本、エスペラント語の聖書、は手元に置きたいのです。
長い沈黙がその物語のあと部屋の中に残っている。
マリヤは敢えてそれを破ろうとはしなかった。
ナダイはいま自分の思い出の中で生きている。
わずかに数分の後、視線がお互いを探し求める。
彼らふたりの目の中で同じ気持ちが無言で、しかしとても暖かく語り合う。人としての了解である。
テーブルの上で二つの手が愛し気に触れあっている。
サモワールが音楽を奏でている。
教師と生徒はお互いをより近く感じている。
彼らではなく、長い長い沈黙がそのことを語っている。

経過

1.      –Jen la letero! Aŭskultu!

UK
ほらその手紙です。聴いてください。
TM
  Jen はその通りに訳さなくても目の前に出しているのだから「これがその手紙です」としても良いのでは。
UK
これがその手紙です。聴いてください。

2.       <<Kara amiko, aŭ malamiko(?), mi legis vian nomon en la gazeto “ESPERANTO” kaj nun mi scias, ke vi estas militkaptito en Ruslando.

UK
「親愛なる友よ、あるいは敵、かな?、私はあなたの名前を雑誌「エスペラント」で読みました。
それであなたがロシア国で捕虜になっていることをいまは知っています。
TM
ひとつながりの文にしてください。原文がそうですから。
UK
「親愛なる友よ、あるいは敵(?)よ、私はあなたの名前を雑誌「エスペラント」で読みました、そしてあなたがロシア国で捕虜になっていることをいまは知っています。

3.      Mi pensis pri vi kaj pri nia amika korespondo antaŭ la milito.

UK
私はあなたについて、そして戦前の親しい文通について考えました。
TM
~について…の来り返しは面白くないので、また、戦前とするといつの戦争の前?となりそうなので、「私はあなたのことを、そして(この)戦争の前の私たちの親しい文通について~」
UK
私はあなたのことを、そして戦争の前の私たちの親しい文通について考えました。

4.      Mi sendas al vi tion, kion malriĉa franca soldato povas sendi al soldato.

UK
私は貧しいフランスの兵士が兵士に送ることができるもの*をあなたに送ります。
*安いものだが兵士が受け取って喜びそうなもの
TM
その通りですね。
FT
貧しいフランスの兵士が喜びそうなものという訳は、「tiom,

Kion」の中に作者が気持ちを忍び込ませていると考えるとよいのでしょうか。FT

UK
ご指摘のとおりだと思います。
tion, kion ….
tionというだけでは自分の気持ちが伝わらないのでkion以下の従属節に自分の思いをこめて述べています。
(一般的に)兵隊さんが受け取って喜びそうなもの・・・というのは文に込められた意味を私が推測しただけです。
文字通りの意味は「(貧しい)フランス兵が捕虜になっている兵隊さんに送れるもの」だと思います。
この文章から私が受けた印象は
 貧しい兵士 → お金のかかるものは用意できないが、兵士同志なので兵士が必要なものはわかる
 (シベリアで捕虜の)兵士 → 何が欲しいだろうか?こんなものがあればうれしいのでは?
と考えたのではないかということです。
 そうすると、甘いもの、たばこ、防寒具、靴(サイズが合わないと無理ですが)などでは?と、そして心のやすらぎのために聖書・・・となるのでしょうか。
Baghyは詩人でもあり脚本家でもあるので、文字通りの意味に加えて想像をたくましくする余地を残した書き方が随所にあります。
FT
UK様、すみません。「エスペラント中級独習」をお持ちだと思います。47頁10行目に同じ文章が出ています。その解説が、48頁の2-Eの8に出ています。主語が逆になっています。たまたま今朝音読していて見つけました。もう一度、訳を考えてみる必要があるのかもしれませんね。FT

UK
確認しました。 p48 2-E 8
tion, kion malriĉa franca soldato povas sendi
貧しいフランスの兵士が送れるものを
私の訳
Mi sendas al vi tion, kion malriĉa franca soldato povas sendi al soldato.
私は貧しいフランスの兵士が兵士に送ることができるもの*をあなたに送ります。

同じ訳だと思いますが、どこで主語が逆になっているのでしょうか?

FT
失礼しました。私の勘違いでした。FT

UK
あの部分は日本語訳すると文章が入れ子になってしまうのでわかりにくいですね。
原文はtionに対する説明を後ろに付け加えているだけなので素直な文だと思います。
訳せ、と言われたのでなければひっくりかえしたりしないで原文の順番通りに受け止めていくのがいいのではないかと思います。

5.      Akceptu kaj restu sana! Via:Alfred Pitois, nun infanteria kaporalo en la …>> La daton, lokon, kaj la nomon de la regimento la franca cenzuro forigis per dika blua krajono.

UK
受け取ってください。そして元気でいてください。あなたのアルフレッド・ピトスより、今は・・・で歩兵隊伍長です。」
日付、場所および連隊の名前はフランスの検閲が太い青の鉛筆で消していた。
TM
前述の「nun] も「今は」と訳されていましたので別の言い方を辞書で探しましたが、なかったので 「あなたの、今は・・・隊歩兵伍長のアルフレッド・ピトイスより」。または 「現・・・隊~」? ボツだろうなあ。

UK
受け取ってください、そして元気でいてください:あなたのアルフレッド・ピトイスより、現・・・歩兵隊伍長。」
日付、場所および連隊の名前はフランスの検閲が太い青の鉛筆で消していた。

Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin.

UK
テーブルの上で二つの手が愛し気に触れあっている。
質問
さて問題が生じました。わたしは迷った末、状況判断から
Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin.
テーブルの上で二つの手(ナダイとマリアの手)が(互いに)愛し気に触れている。
と解釈しましたが、お互いに触れているのであれば
Sur la tablo du manoj ame tuŝas unu la alian.
Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin unu al la alia.
Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin reciproke.
などではないでしょうか?
si [代名詞]〔三人称の再帰代名詞. 単数・複数同形. 対格は sin〕 自分.(JEIエス和)

Sur la tablo du manoj ame tuŝas sin.で考えられる状況は?
1.ナダイとマリアのどちらかが自分の両手をテーブルに置いて自分の手を愛し気に触っている。
2.ナダイとマリアがひとつずつテーブルに手を置いて、それぞれ4本の指を折って指先で自分の親指、掌あるいは掌底を触っている、または親指で掌や他の指を触っている。
「そんなわけないでしょ。」(もうすぐ4歳になる孫の口癖。おばさんの「あら、やだ」の手つきで。)
3.二人がひとつずつテーブルに手を載せ、互いに触っている。
このとき他人の手を触っているのにsinと言えるのか?
(解決案)
二人の心が一つになりもはや自分と相手の区別がつかなくなったため、相手の手を自分の手だと思って触っている。
「それって科学的にみるとどうなの?」(7歳の孫の口癖、明らかに大人が困るのを楽しんでいる。)「どぉーして、そんなこと、思ったのかなぁ?」(私の口癖。論点逸らし。)
これくらいしか思いつかなかったのですが、本当はどうなのでしょうか?

TM
 “si”  についてですが、訳文がいいですね。 あの場面は素敵で、少しばかりエロティックだとも感じます。 ”sin” (お互いに)となっています。 何も付け足さなくてもよろしいですよ。

 4本の手がどんな風に絡み合っているのか、指だと40本あるし、それを想像するだけで笑っちゃって漫画チックな場面になってしまいました。 お孫さんの口癖も真似したらまた(笑) 再帰代名詞、本当に手ごわいですけどね。 

 改めて勉強になりました。 以上です。 TM。

UK
  siについては了解しました。
 sinを目的語として使う場合をまだ自然な感じで受け入れられないのは、元をただせば自動詞と他動詞の感覚がしっかりできていないためだろうと思います。
 私の感覚というのは、たとえば Li vestis sin. だったら、幼児に服を着せるような場合を除けば、服は自分で着るものだからsinは余分だろうと思ってしまうゆるさがあります。
 しかしエスペラントではそういう状況判断ではなく、vestiには目的語が必要である、というのが優先事項になるのでしょうね。この原則を崩すと、いろいろなところに綻びが生じるのだろうと思います、多分。

追加情報

UK
gazeto “ESPERANTO”について以下の記事を参照してみました。
https://eo.wikipedia.org/wiki/Esperanto_(revuo)

また当時の編集者Hector Hodlerについては次に紹介されています。
https://eo.wikipedia.org/wiki/Hector_Hodler

 多くの場合、組織ができてから機関誌等が発行されますが、”ESPERANTO”はUEA設立以前から刊行されており、むしろUEAを設立する呼びかけを行った場であったようです。

 創刊者から”ESPERANTO”を譲り受けたHector Hodlerが1907年から1920年まで編集に携わりました。彼がHans Jakobと共にUEAのDummilita Helpservoというのを組織したのだそうです。
 ナダイがフランスの文通相手から荷物を受け取ったという設定はこの人が発行していた定期刊行物と、この人が立ち上げた組織が前提となっています。

 なお1920年にHector Holderが亡くなると、その後は彼と同じ学校で一緒にエスペラントを学んだEdmond Privatが編集を引き継ぎます。Baghyは最初からエスペラントの思想には共感していましたが、言葉として美しくないと感じていました。しかし、この人の詩集”Tra l’silento”を読んでエスペラントの美しさに感動し、のめりこんでいきます。

 Edmond Privatの”Vivo de Zamenhof”と”Esprimo de sentoj en Esperanto”のPDF版が下のサイトから無料でダウンロードできます。読解力が足りない私でも、人を前へ前へと引っ張っていくような文章ってあるんだな、と驚きました。有名な学習書”Kalro”は残念ながらここにはありません。
http://i-espero.info/elsutaro/esperantaj-libroj

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