LaVerdaKoro_023

LaVerdaKoro_023

— Ho jes, rakontu, rakontu, kara… kara — instruisto!
— En 1916 mi estis en la militkaptitejo en Berezovka. Estis la monato Novembro aŭ Decembro. La tuta tero vestis sin en blankan kostumon. Ekster la kazernoj estis granda malvarmo. En la kazernaj ĉambroj estis malbona aero. Tie ni kuŝis, rigardis al la plafono kaj nur kelkfoje ni parolis unu al la alia. Ni, hungaroj, havis malbonan, tre malbonan humoron. La germanoj havis pli bonan humoron, ĉar ili ĉiutage ricevis leterojn, pakaĵojn el la malproksima hejmlando. Ilia milita poŝto estis bonega. Ni, hungaroj, tre malofte ricevis kelkvortan sciigon de niaj gepatroj, edzino, fianĉino kaj gefiloj. Kial? Mi ne scias. Sed estis tiel. Ankaŭ nun estas tiel.
La lastan leteron de mia patrino mi ricevis en Februaro de 1917.
Foje la poŝtisto de la kazerno venis al mi. Li donis sciigon pri pakaĵo, kiu venis al mia nomo. Mia koro forte batis. Pakaĵo el la hejmo! Pensu, kion ĝi signifas por tiaj orfaj homoj, kiel ni estas. Mi iris, ne, mi kuris al la poŝtoficejo. Mi ricevis la pakaĵon. Sur ĝi estis la manskribo de mia kara patrino. Vi ne povas prezenti al vi, kion mi sentis en tiuj dek minutoj, dum kiuj mi rekuris al mia kazerno kaj tie… tie mi trovis nur grandan ŝtonon, malpuran soldatpanon en la pakaĵo kaj paperon kun rusa skribo: «La pakaĵo alvenis tia al la rusa poŝto». Kiu forprenis el ĝi tion, kion la patrina amo volis doni al mi, mi ne scias. Ĉu la hungara aŭ la rusa milita poŝto?
Egale!
Pasis kelkaj tagoj, unu semajno kaj nia poŝtisto denove venis al mi. Jen sciigo pri pakaĵo — li diris. Mi pensis pri malbona soldata humoraĵo kaj mi ne volis iri al la poŝtoficejo, sed la bona homo du-trifoje diris, ke mi iru, ĉar ĝi estas granda pakaĵo.
Nu, mi iris kaj mi prenis la pakaĵon. Ĝi venis el Ĝenevo.

(TM)
―そうよ、、話して、話して、お願い、 あなた…先生     
―1916年に私はベレゾフカの捕虜収容所にいました。
それは11月かあるいは12月でした。全土が真っ白な衣に覆われていました。兵舎の外はすさまじい寒さとなっていました。
兵舎の部屋の中は悪い空気でした。そこで私たちは横になったり、天井を眺めたり、ほんの数回お互いに言葉を交わすのみでした。私たちハンガリー人たちは、不機嫌な、とても憂鬱な気分でした。
ドイツ人たちはもっと機嫌が良かった、だって 彼らは毎日遠くの母国から手紙や荷物を受け取っていたからです。彼らの戦時郵便は優秀でしたよ。
私たちハンガリー人たちは本当にまれにしか両親や妻、婚約者、子どもたちからの数行の知らせしか受け取らなかったのです。なぜって?わからない。だってそうだったのだから。今でもそうなのだから。私は母からの最後の手紙は1917年2月に受け取りました。
ある時、兵舎の郵便局員が私のところに来ました。 彼は私宛の荷物が届いているとの知らせをくれました。
私は胸がドキドキしました。家からの荷物だ!考えてみて、それが私たちのような見放された者にとって何を意味するか。私は郵便局までいやもう走っていきましたよ。私は荷物を受け取りました。そこには私の大好きな母の手書きの文字がありました。
あなたにはとても想像できないでしょう、私が自分の兵舎に駆け戻るまでの10分間、どんな気持ちでいたか、そうして そこで、、、そこで、荷物の中に、大きな石(のような)汚れた*兵隊パンと紙だけを見つけました。紙にはロシア語でこう書かれていました: ≪お荷物はこの状態でロシア軍事郵便局へ到着しました≫とね。 誰がそこから、母の愛が私に届けたかったものを奪い去ったかはわかりません。
ハンガリーの軍事郵便、あるいはロシアのか?
どちらも同じことさ!
数日、1週間が過ぎて、我々の郵便局員がまた私のところに来ました。 ほれ、荷物の知らせだよ―彼が言いました。
私はたちの悪い兵隊の冗談だと思い郵便局へ行こうとはしなかった、 だがその善良な人(局員)は」二度三度と(来て)言いました、大きな荷物だから行きなさいよ、と。
さあ、私は行きましたよ、そして荷物を受け取りました。 それはジュネーブからでした。

経過

Mia traduko 36ページより

1.      — Ho jes, rakontu, rakontu, kara… kara — instruisto!
— En 1916 mi estis en la militkaptitejo en Berezovka.

(TM)
―そうよ、、話して、話して、お願い、 あなた…先生     ―1916年に私はベレゾフカの捕虜収容所にいました。
(UK)
※1.いやぁ、一瞬にしてマリアになっていますね。

2.      Estis la monato Novembro aŭ Decembro. La tuta tero vestis sin en blankan kostumon. Ekster la kazernoj

(TM)
それは11月かあるいは12月でした。 全土が真っ白な衣に覆われていました。  兵舎の外はすさまじい寒さとなっていました。
(UK)
※2.ここに-nがついているのはなぜですか?
(FT)
Nは、変化をあらわすときに使われると思われますので、さっきまでは、(別の色だったのに)「白になった」という気持ちが込められているのかと勝手に思いました。
(TM)
※ FTさんの変化でもいいのですが、私は方向かなと。 大きな白い服の雪の女王がを袖を広げているところに大地が身を投げ出すというイメージで・
(UK)
※※うわっ雄大なイメージ。そこまで思いつくと楽しいですね。
(AM)
en blankan kostumon
は         en -nですからblanka kostumo の中に入っていく、つまり「覆われている」という状態だと思います。
Vi povas prezenti al vi, kion,,,
UKさんがエス日辞典を参照したように、prezenti は「相手の目の前に出す」がもともとの意味。
そこを押さえていれば、日本語のどの表現に近いかわかると思います。
prezentiの3番目の説明に、prezenti ion al si,   prezenti al si ,ke       prezenti al si +ion  +ia
の使用法があり、意味は「想像する」 とあります。
Prezentu al vi mian embarason.  私の困った様子を想像してみてください。
Mi prezentis al mi, kiel malagrable li sentis min.彼がどのように不愉快に思ったかを私は想像した。
以上の例文があります。日本語の連想から, Mi pensis や Mi supozisばかりではない単語の使い方を学ぶのは、新鮮です。
それにしてもエス日辞典は頼りになります。
(UK)
AMさん、ありがとうございます。
1.La  tuta  tero  vestis  sin  en  blankan  kostumon.
は、やはりTMさんの雄大なイメージどおりなんですね。
変化だとしたら、この場合は覆われているだけではなく、tuta teroそのものがblanka kostumoに変わることになってしまいますね。妖精がかぼちゃを馬車に変えるのとはわけが違います。
2.Vi povas prezenti al vi, kion,,,
さりげなく出てきましたが、はまりました。 
基本文法が16しかなくても、動詞だけでも思いがけない使い方が次から次へと登場して、約束が違うではないか・・・と言いたくもなりますが、それがおもしろいとも言えます。
3.なお、エス和辞典は、紙版でもほかの辞書より大きめの文字で書いてありますが、それでも私にとっては読むのが苦痛です。
第2版は思い切って電子版を購入しました。検索窓が小さくて困るのですが、検索結果は読みやすい大きさに拡大できるので、頻繁に使うようになりました。
それとともにこの解説が至れり尽くせりであることに気づきました。読み物としてもおもしろいです。どれほど労力をかけて作り上げたのか、と改めて驚嘆します。

3.      estis granda malvarmo. En la kazernaj ĉambroj estis malbona aero. Tie ni kuŝis, rigardis al la plafono kaj

(TM)兵舎の部屋の中は悪い雰囲気でした。(*空気が悪いのか?)そこで私たちは横になったり、天井を眺めたり、ほん
(UK)
※3.雰囲気か空気かどちらともとれるような気がしましたが、念のため辞書を引いてみると
①空気 ②空中、空 ③航空 ④[比ゆ的に]不確実さ、根拠のないこと
となっていました。雰囲気、気分についてはこの後で述べているので、空気そのものかもしれませんね。汗臭いとかじめじめしているとか、かび臭いとか、もしくは饐えたような空気・・・
(TM)
※ 空気でしょうね。

4.      La germanoj havis pli bonan humoron, ĉar ili ĉiutage ricevis leterojn, pakaĵojn el la malproksima hejmlando.

(TM)
ドイツ人たちは上機嫌でした、だって 彼らは毎日遠くの母国から手紙や荷物を受け取っていたからです。
(UK)
※4.上機嫌だと思いますが、ここでは一応pliということなので・・・
(TM)
※ もっと機嫌が良かった、  にします。
(UK)
※※状況がよくても捕虜は捕虜ですからね。

5.      tre malofte ricevis kelkvortan sciigon de niaj gepatroj, edzino, fianĉino kaj gefiloj. Kial? Mi ne scias. Sed

(TM)
本当にまれにしか両親や妻、婚約者、兄弟からの数行の知らせしか受け取らなかったのです。なぜって?わからない。だってそうだったのだから。
(UK)
※5.ふっふっふっ、やっと見つけたぞ・・・
(TM)
※ あれーどうした!子どもたち ですね。
(UK)
※※こういうことがないと1回で終わってしまいます。鉄の一発回答。古すぎるかな?鉄鋼労連いまいずこ。まだありますね。

6.      La lastan leteron de mia patrino mi ricevis en Februaro de 1917.

(TM)
私は母からの最後の手紙は1917年2月に受け取りました。 (* ”母からの最後の手紙を”としてもおなじですか?)
(UK)
※6.ricevis の目的語という点では「最後の手紙を」、しかし先頭に持ってきていることから目的語であると同時に、これから「最後の手紙」のことを話すよ、という話題作り形式と考えれば「最後の手紙は」ですね。
(TM)
※ そうですね。
(UK)
私は最初の訳に賛成です。

7.      forte batis. Pakaĵo el la hejmo! Pensu, kion ĝi signifas por tiaj orfaj homoj, kiel ni estas. Mi iris, ne, mi

(TM)
家からの荷物だ!  考えてみて、それが私たちのような見放された者にとって何を意味するか。  私は郵便局までいやもう走っていきましたよ。
(UK)
※7.何かちょっとだけ抜けているような気がします。
(TM)
※ ずいぶん色々考えたのですが、やっぱりちょっと・・・ですか。難しい!
(UK)
※※失礼。読み直してみたら十分感じが出ています。

8.      povas prezenti al vi, kion mi sentis en tiuj dek minutoj, dum kiuj mi rekuris al mia kazerno kaj tie…

(TM)
私が自分の兵舎に駆け戻るまでの10分間、どんな気持ちでいたか、そうして そこで、、、
(UK)
※8.ここなんです。私がわからなかった表現です。TMさんと同じ意味に到達するまで随分時間がかかりました。
(TM)
※ 私も最初はMi の誤植かと思いましたが、なんかしっくりいかなくて
prezentiを調べたら,以前に習った気がして納得でした。ナダイとマリア
(UK)
“prezenti al vi”ではなく”imagi” とか “supozi” とかを使っていればすぐわかったと思いますが。
(TM)
の関係だからか、先生と生徒だからか、どうなんでしょう。
(UK)
  私が生きてきた環境(文化?)では、相手の能力について断言するような表現はないような気がします。
  私の発想では、
  私の気持ちは(もちろん自分のことだからわかりますが、表現する力が足りないために)あなたにわかるようにお伝えすることができません
  ・・・といった具合に半ば自分の気持ちを偽って、万一相手が怒り出した場合に備えるのです。(村文化だなぁ。)
  そこでここは Mi ne povas prezenti al vi, の間違いではないかと思いました。しかしよくよく考えてみるとViの方が事実なんですよね。
  皆さんはどう考えますか?
(UK)
※※いろいろ調べて最後は「エスペラント日本語辞典」を何度も読みました。
  prezenti は<相手の目の前に出す>行為、それを自分に向けたらどうなるか?ということだと思います。
  Mi prezentas al vi ・・・ なら、私はあなたに・・・を提示する。
  Vi prezentas al vi ・・・なら、あなたはあなた自身に・・・を提示する(あなたは想像する)
  他の動詞にもありそうな再帰的用法ですね。探してみます。
  ここで私は余計なことに気を取られずに、もっと論理的に考えなければならないと反省しました。

9.      tie mi trovis nur grandan ŝtonon, malpuran soldatpano en la pakaĵo kaj paperon kun rusa skribo: «La

(TM)
そこで、荷物の中に、大きな石(のような)汚れた*兵隊パンと紙だけを見つけました。 紙にはロシア語でこう書かれていました: ≪お荷物は
(UK)
※9.これが「(大きな石)と(汚れた兵隊パン)と(紙)」ではなく
   「((大きな石)=(汚れた兵隊パン))と(紙)」であると見分けるポイントはどこですか?
(TM)
soldatpanon となっていないから。 でも、これもなんだなかー?
(UK)
※※引用元のWebページでもsoldatpanoとなっていますが、ここはsoldatpanonで-nの漏れ落ちだと思います。
  A, B kaj C en la pakaĵo とあればAとBとCが入っていたことになると思います。
  A,  B en la pakaĵo kaj C となっています。
  もしAとBが2つの別のものならここは A kaj B en la pakaĵo kaj C になると思います
  またしても、皆さんはどう思いますか?

10.  Pasis kelkaj tagoj, unu semajno kaj nia poŝtisto denove venis al mi. Jen sciigo pri pakaĵo — li diris.

(TM)
数日、1週間が過ぎて、我々の郵便局員がまた私のところに来ました。 ほれ、荷物の知らせだよ―彼が言いました。
(UK)
※10.ちょっと不思議な表現ですね。「ほれ」っていうのもいいですね。
(TM)
※ ほめてくださり嬉しいです。 Jen は好きな単語です。

11.  -trifoje diris, ke mi iru, ĉar ĝi estas granda pakaĵo.

(TM)
大きな荷物だから行きなさいよ、と。
(UK)
※11.郵便局員が収容所の中を回っている間、ナダイが動こうとしないのに気付いて、何度も言ってくれたのでしょうか?

12.  Nu, mi iris kaj mi prenis la pakaĵon. Ĝi venis el Ĝenevo.

(TM)
さあ、私は行きましたよ、そして荷物を受け取りました。 それはジュネーブからでした。
(UK)
※12.手紙や小荷物は自宅に届くものと思っていたので、荷物が届いている知らせだけ持ってくる郵便屋さんが新鮮でした。
(TM)
※ 昔、航空便の小包や書籍を本局まで取りに来るよう知らせが入り印鑑を持って行ったことがありました。東欧やソ連経由の物は開封してあったかも? 
 捕虜収容所だと佐川急便の大型トラックが必要なくらいの荷物になるのでしょうね。
(TM)
1970年代も同じだった!
(UK)
※※そうですか。1970年代はさすがに検閲官がエスペラントを読めないからと捨てられてしまうことはなかったでしょうね。

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