LaVerdaKoro_006

テキスト

En bona humoro la gelernantoj iras en la parkon. Ĉe la pordo restas nur Janis Lekko, la latvo-rusa soldato. Sed ne longe li staras sola.
Venas la instruiisto. Amika saluto.
—La  gesinjoroj estas en la parko.
—Bone, ni iru!
—Jes, sed Iĉio Pang kaj Petro Koluŝ, la amerika soldato…
—Ne atendu ilin! Mi estis ĉe nia malgranda poeto kaj
Ankaŭ nia amiko Koluŝ estas tie. Ili ne venas. La patro de Iĉio Pang estas malsana. La knabo restas ĉe la lito de la patro. Koluŝ iris en la militkaptitejon, ĉar tie ni havas bonan kuraciston, kiu parolas ankaŭ la esperantan lingvon.
La instruisto kun la latvo iras en la parkon. Ili promenas al la direkto, de kie ili aŭdas la parolon de la maljuna Kuratov. La frazoj tuŝas la intereson de la instruisto. Li haltas sur la vojo, proksime al la paca societo. Ankaŭ Lekko haltas. Li komprenas; la instruisto donas tempon al la konversacio kaj li faras kontrolon pri la instruo en la praktiko.
—Kial mi estas esperantisto? Kion mi respondu al vi, Fraulino Marja Bulski? Vi diris, mi havas karan koloron. Ĝi estas la verda koloro. Vi tuŝis veran punkton. Nun, kiam ni sidas en paco ĉi tie, kiam mi vidas multajn junajn homojn, kiuj havas tiun senton al la verda koloro, kiun senton mi havas, mi pensas, mi ricevis belan donacon. Mi estas ne nur maljuna homo, sed ankaŭ malnova amiko de Esperanto. Vi demandis min, kial mi estas esperantisto?
Nu, mi rakontas al vi veran historian… Mi ne estis malamiko de la lingvo, sed mi ne kredis pri ĝi. Mi estis Juna, kiam mi aŭdis pri la lingvo internacia. En la alta lernejo mi havis amikon, kiu venis el Varsovio.

(TH)

  上機嫌で生徒たちは、その公園内へと移動します。公園の戸口に、ラトビア出身‐ロシア兵のヤニス レッコだけが残りました。しかし、つかの間彼は1人で立っていました。
  先生が来ました。友好の挨拶。
  紳士淑女は公園にいますよ。
  そうなの、我々も行きましょう。
  はい、けれどもイチオ パングとアメリカ兵のペトロ コルシュ...
  彼らを待たないで!僕は僕らの小さな詩人の処に居て、友人であるコルシュもそこにいるんだ。彼らはは来ない。
  イチオ パングの父親が病気でね。少年は父親の病床脇に居続けなんだ。コルシュは捕虜収容所に行ったよ、なぜならそこに、僕らには好都合な医者がいるのさ、彼はエスペラント語も話すんだよ。
  先生はラトビア人と一緒に公園内に行きます。彼らは年寄りのクラトヴ氏の話し声の聞こえてくる方向を、目指して歩みを進めます。聞こえる言葉が先生の興味に触れました。彼は平和に集まっている仲間に近い路上で、立たずみました。
  レッコ氏も止まりました。彼(レッコ氏)は、先生が会話に時間を与え、そうやって先生は彼らが実践として教わったことをちゃんと理解して使っているか、チェックしているのだと思うわけです。
  なぜ私はエスペラントチストなのか?あなたにどう答えるべきかな、マルヤ ブルスキさん?私に大切な色があると言いましたね。それは緑色だと。あなたは真実を知りました。今、私たちはここで平和に座り、今、私は緑色に抱く私の感情と同じ感情を持つたくさんの若い人を目にしています、    私は美しい贈り物をもらったと思うんです。私は老人であるだけでなく、エスペラントの古い友人でもあります。あなたは、私がなぜエスペランチストなのと、尋ねましたね?
  さて、私はあなたに本当の経緯を語ります...私はエスペラント語の反対者ではなかったのですが、それに関して信じませんでした。私が国際語について聞いた時は、若かったのです。高等学校で、私にはワルシャワ出身の友がいました。

経過

1.   Iĉio Pang estas malsana. La knabo restas ĉe la lito de la Patro. Koluŝ iris en la militkaptitejon, ĉar tie ni havas bonan kuraciston, kiu parolas ankaŭ la esperantan lingvon.

(TH)

イチオ パングの父親が病気でね。少年は父親の病床脇に居続けなんだ。コルシュは捕虜収容所に行ったよ、なぜならそこに、僕らはエスペラント語を話す名医を持っているからね。

(UK)

bona kuracisto:名医
*名医もあり得ますが、たんに良い医者ではどうでしょう。腕が良いという他に、ここではEsperantoを話すので好都合ということもあるかもしれません。

2.   Lekko haltas. Li komprenas; la instruisto donas tempon al la konversacio kaj li faras kontrolon pri la instruo en la praktiko.

(TH)

レッコ氏も止まりました。彼は、先生が仲間の会話に時間を与え、さらに実用の中で(その教育)が役立っているか確認する事を、理解しました。

(UK)

彼は、先生が仲間の会話に時間を与え、さらに実用の中で(その教育)が役立っているか確認する事を、理解しました。

(AM)

kontroli は「ちゃんとしているかチェックする」という意味合いが強いです。
   la instruon de la praktiokoと la が付いています。どうかんがえたらよいでしょうか。

(UK)

Li faras kontrolon pri la instruo en la praktiko.
は先生が今日公園で行う予定の授業(la praktiko)の中で指導のポイントとなるところ(la instruo)を点検している(fari kontrolon)と解釈したのですがどうでしょうか。
講習会やスピーチを行うときたいていの人はこれをやると思います。教員などは授業前はピリピリ放電していて、教室に近づくとそれぞれのスタイルの顔に変わる人が多いです。普通は見るチャンスのない表情の変化です。

(AM)

Li komprenas:la instruisto donas tempon al la konversacio kaj li faras kontrolon pri la instruo en la paraktiko.
li はLekkoのことですね。かれがそばで様子を見ていて考えたことです。
先生は、生徒たちがエスペラントで会話をしているのを邪魔しないでたたずんで聞いています。そうやって先生は彼らが実践として教わったことをちゃんと理解してつかっているか、チェックしているのだと思うわけです。
la が付いているのは、既定のことだからだと思います。生徒のLekkoが思う事ですから先生独自の考えにはおよばないのではないでしょうか。
 この物語を読んで思うのですが、いったい生徒達はもうこんなによくエスペラントで話せるのだろうか、ということです。全部エスペラントで書かれているので、状況を判断しなくてはなりません。例えば、イチオ・パングとその妹はエスペラントでは話してないはず。でも生徒の中にはエスペラントのベテランもいるから話せる人ははなせるらしい。クラトフさんみたいに。

(UK)

そっちですか。なるほど。結果的には先生が姿を現すまでクラトフの話だけで、聞いていた生徒たちの反応も先生は見ていないわけですが、物陰に留まった意図をLekkoが推察したものと考えればつじつまが合います。私のような解釈の場合はLi faras kontrolon pri instruo.となるのかもしれません。

(TH)

レッコ氏も止まりました。彼(レッコ氏)は、先生が会話に時間を与え、そうやって先生は彼らが実践として教わったことをちゃんと理解して使っているか、チェックしているのだと思うわけです。

3.   —Kial mi estas esperantisto? Kion mi respondu al vi, fraulino Marja Bulski?

(TH)

なぜ私はエスペラントチストなのか?私はあなたに何を答えたら、マルヤブルスキさん?

(UK)

*また「私はあなたに何を答えたら、マルヤ ブルスキさん?」は語調によって完結・未完結の違いが出そうなので「何を答えたら」の後を最後まで書いた方が良いと思います。

(AM)

Kion mi respondu al vi?
  動詞が命令形になっているので、「あなたにどう答えたらよいでしょう?」「どうこたえるべきか」となります。 

(UK)

*ここは訳の問題ではなく、原文のどちらかに間違いがあります。
クラトフが好きな色は緑だと指摘した人物がSmirnovaからMarja Bulskiに変わっています。私の考えは以前にメールでお知らせしたとおり、こちらが正しくて前の記述が間違いです。舞台上の人物にセリフを割り当てているときにうっかり間違えた、というような印象を持っています。

(TH)

 なぜ私はエスペラントチストなのか?あなたにどう答えるべきかな、マルヤブルスキさん?

4.   Vi diris, mi havas karan koloron. Ĝi estas la verda koloro. Vi tuŝis veran punkton.

(TH)

私に大切な色があると言いましたね。それは緑色だと。あなたは急所に触れましたよ。

(UK)

*この章の公園に入る前のところで次のように書いてありました。
 Per tiu parolo fraŭlino Smirnova tuŝas malfortan punkton de la maljuna sinjoro.
 このときはクラトフが「自分は色を持っていない」と言ったことに対してそれは本当でないということで「弱点」でした。今回は弱点や急所ではなくむしろ逆のものだと思いますので、veraは文字通りに訳して良いと思います。

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